【W杯】決勝の最中は、子どもの救急受診がむしろ減る?
仏ナンシーの大学病院小児救急で、欧州選手権とW杯の決勝の最中、受診が約14%減少。みんなが画面に集中する「社会の一時停止」が、子どもの救急にも影を落とすのか。
リード:「決勝の夜は、街が静かになる」は本当だった?
サッカーの大きな大会、とくに決勝戦。テレビの前に家族が集まり、街から人の気配が消えるあの感覚を、多くの人が知っているはずです。では、その「みんなが画面に集中している時間」、病院の救急外来はどうなっているのでしょうか。
フランス・ナンシーの大学病院の小児救急チームが、この素朴な疑問を実際のデータで確かめました。結果は少し意外なものでした。2016年の欧州選手権と2018年のワールドカップ、その2つの決勝戦の最中、小児救急の受診は約`14%`減っていたのです。
子どもの急病やケガは、本来はサッカーの試合と無関係なはず。なのに、なぜ減るのでしょうか。
なぜ受診が減る?:「みんなテレビに集中」仮説
ひとつの自然な見立ては、「社会全体が一時停止する」という考え方です。大事な試合の最中は、外出も、車の運転も、激しい外遊びも減る。大人が画面に張りついている数時間、街の活動量そのものが落ちる――そう考えると、ケガや事故が減るのも腑に落ちます。
実際、この研究では受診が減ったのは試合全体ではなく、決勝のような「最終盤の重要な試合」の最中でした。注目度が高い試合ほど、人々の行動が大きく変わる、という関係がうかがえます。大人の救急受診が大きな試合で影響を受けることは以前から知られていましたが、子どもの救急で確かめた研究は珍しく、ここに新しさがあります。
何がわかったか(要点)
PubMedで取得した抄録から、主な数字を整理します。
- 2つの決勝の最中、小児救急の総受診が約`14%`減少
- 1試合あたりの受診者は`13.9人 → 11.1人`へ(最終盤、P=0.037)
- ケガ(外傷)の受診も`6.7人 → 4.9人`へ減少(P=0.006)
- 効果が大きかったのはフランス代表が出場する試合
- 代表戦では「重症でない受診」「年長児の受診」、そして`父親が付き添う受診`がとくに減った(父親の付き添い P=0.002)
「軽症」「年長児」「父親同伴」が減ったという内訳は、いかにも「家でテレビを見ていて、受診を後回しにした」場面を思わせます。
どう調べたか
研究チームは、ナンシーの三次大学病院の小児救急を対象に、後ろ向きに(過去のデータをさかのぼって)分析しました。試合を1回あたり2.5時間のかたまりとして区切り、大会期間の受診を「前年の同じ時期」と比較する、という手法です。
つまり「試合の時間帯」と「前年の同じ時間帯」をそろえて比べることで、季節や曜日の影響をなるべく打ち消そうとしているわけです。ちなみに、試合全体をならして見ると受診への影響ははっきりせず、差が出たのはあくまで決勝などの最終盤でした。
ただし、冷静に:受診が減る=安心、ではない
ここは強調しておきたいところです。受診が減ったからといって、「子どもが安全になった」とは言い切れません。
考えられる別の可能性は、本来は受けるべき受診まで控えてしまったというものです。「今はいいところだから、もう少し様子を見よう」と判断を先延ばしにした家庭があったかもしれません。減ったのが軽症中心だったとはいえ、必要な受診の遅れがなかったとは、このデータだけでは断言できません。
さらに、これはフランスの1病院だけを対象にした後ろ向き研究です。サッカー文化が強い土地ならではの結果かもしれず、他の国や別のスポーツでも同じになるとは限りません。著者ら自身も「フランス以外や、スポーツ習慣の違う国でも調べてみたい」と述べています。そして何より、これは「試合のせいで受診が減った」という因果関係を証明したものではありません。あくまで「決勝の時間帯と受診の減少が、同時に観察された」という相関の話です。
それでも面白いのは
数字の細かさを脇に置いても、この研究が魅力的なのは、スポーツの大イベントが社会の振る舞いを丸ごと変えてしまう様子を、病院のデータという思いがけない窓から覗かせてくれる点です。歓声や落胆だけでなく、街の事故やケガ、そして「父親が今日は子どもの隣に座っている」という生活の風景までが、90分のあいだに少しだけ変わる――。
W杯シーズンに家族でテレビを囲むとき、ふと「今この瞬間、街の救急はちょっと静かなのかもしれない」と思い出してみてください。ただし、子どもの具合が悪いときは、試合より受診が優先。それだけは、データを離れても変わらないはずです。
出典:Alesandrini M, et al. "How do the FIFA World Cup 2018 and the 2016 UEFA championships impact a pediatric emergency department?" Arch Pediatr 2021;28(3):234-237.(PubMedより取得 / DOI: 10.1016/j.arcped.2021.02.011)
※本記事は研究の紹介であり、医療助言ではありません。お子さんの体調に不安があるときは、試合の有無にかかわらず医療機関にご相談ください。