優勝の9か月後、赤ちゃんが増える?
大きなスポーツ大会の約9か月後に出生数が増える――そんな都市伝説を、世界の研究をまとめて検証した系統的レビュー。優勝や自国開催で増え、まさかの敗退では減る傾向も。集団レベルの社会現象を誠実に紹介します。
「W杯で自国が優勝した年は、その9か月後に赤ちゃんがたくさん生まれる」――サッカーファンの間で、半ば都市伝説のように語られてきた話があります。歓喜の夜が……というわけです。笑い話のようですが、実はこれ、まじめに研究されているテーマでした。アイルランドとマルタの研究チームが、世界中の報告をまとめて検証した系統的レビューによると、大きなスポーツ大会のあと、約9か月後に出生数が変わるという傾向は、どうやら本当に存在するようなのです。しかも「増える」だけでなく、条件しだいでは「減る」というから面白い。
なぜそんなことが起きるの?
研究チームが立てた仮説はシンプルです。鍵を握るのは「感情の高まり」。自国チームの優勝や、母国での大会開催は、街全体をお祭りムードに包みます。歓喜、興奮、解放感――こうした強い感情が一気に押し寄せると、人の行動にも影響が出る。論文の言葉を借りれば「祝祭的な性行動(celebratory sex)」が増えるのではないか、というわけです。感情の高ぶりがホルモンの動きを変え、それが行動の変化につながり、結果として約9か月後の出生数に表れる。逆に、まさかの敗退で街が沈み込めば、その反対のことが起きてもおかしくない。スポーツの熱狂が、巡り巡って人口統計に痕跡を残すかもしれない――そんなロマンのある話です。
何がわかったのか
レビューが拾い上げた具体例を、いくつか並べてみましょう。
- 約9か月後に出生に関する数値の増加が確認されたのは、5つの大会。アメリカのスーパーボウル、2009年のUEFAチャンピオンズリーグ、2010年のFIFAワールドカップ、2016年のUEFA欧州選手権、2019年のラグビーワールドカップ。
- いくつかの個別のサッカーの試合でも、同様の効果が見られた。
- アフリカ、北米、アジア、ヨーロッパで開かれたアメフト・サッカー・ラグビーの主要大会の多くで、注目チームの勝利や、自国での開催のあとに出生数や男女比の上昇がみられた。
- 一方で、強豪サッカーリーグのチームの「まさかの敗退」のあとは、9か月後の出生数が減る傾向が報告された。
勝てば増え、思わぬ敗北では減る。この対比こそが、このレビューのいちばん面白いところかもしれません。
どうやって調べたのか
これは新しく実験をした研究ではなく、すでに世界中で報告されてきた研究を集めて整理した「系統的レビュー」です。研究チームはPubMedとScopusという論文データベースを使い、2022年11月7日までに発表された、スポーツの大会と「その9(±1)か月後」の出生数や出生時の男女比の変化を扱った研究を、決められた手順にそって探し出しました。バラバラに存在していた報告を一つのテーブルに並べて見渡すことで、「大会のあとに出生パターンが動く」という共通の傾向が浮かび上がってきた、というわけです。
ただし、冷静に
楽しい話ですが、受け取り方には注意が必要です。これはあくまで集団レベルの傾向であって、「あなたが応援したチームが勝ったから、あなたに赤ちゃんが授かる」という個人の話ではありません。何百万人という人口全体を見たときに、わずかな波として表れる現象です。
そして大事なのは、相関と因果は別ものだということ。大会のあとに出生数が動いたとしても、それが本当に「お祭りムードのせい」なのか、別の要因(季節や経済など)が関わっているのかを、このレビューだけで断定することはできません。実際、まとめられた報告の中には、増えた例もあれば例外もあり、結果にはばらつきがあります。「優勝=必ずベビーブーム」と単純化するのは、ちょっと急ぎすぎなのです。
それでも、面白い
慎重に見ても、なお魅力的な話だと思います。スポーツの熱狂という、一見すると医療や統計とは無縁の出来事が、社会全体の行動を静かに揺らし、9か月後の数字にうっすらと跡を残す。私たちは思っている以上に、その時々の空気や感情に動かされている――そんな人間らしさが垣間見える研究です。研究チーム自身も、こうした社会現象は医療体制の準備(出産の集中への備え)にとっても意味があると指摘しています。次に大きな大会で歓喜の瞬間が訪れたとき、スタジアムの外でも、ちょっとした「波」が始まっているのかもしれません。
出典: Masukume G, Grech V, Ryan M. "Sporting tournaments and changed birth rates 9 months later: a systematic review." *PeerJ*, 2024.(PubMedより/DOI)
※本記事は科学研究の紹介であり、医療上のアドバイスではありません。健康に関する判断は専門家にご相談ください。