2026年6月19日 (金)
医学トリビア研究所Medical Trivia Lab
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健康・生活習慣

シンナーを嗅ぎ続けると、鼻はどうなる?

塗料工場の187人を調査。安全基準より低い濃度でも、非喫煙者では嗅覚が用量依存的に低下していた。とくに高曝露の非喫煙者は同年代の下位5%未満。嗅覚は溶剤の神経毒性の“最前線”かもしれない。

シンナーを嗅ぎ続けると、鼻はどうなる?

「もう慣れた」は、危険信号かもしれない

シンナーのにおいがする現場で働いていると、いつのまにか「もうにおいを感じない」「慣れた」と感じることがあります。それは順応かもしれませんが、もしかすると――鼻そのものが少しずつにぶっているサインかもしれません。

塗料工場で働く人たちの嗅覚を調べた研究では、安全基準よりずっと低い濃度でも、嗅覚が落ちている人がいることがわかりました。しかも、その傾向がはっきり出たのは、意外にも「タバコを吸わない人」でした。

なぜ溶剤で「におい」がやられるのか

においを感じる嗅覚の細胞は、鼻の奥の天井あたりにあり、そこから神経が脳へとまっすぐ伸びています。外の空気に直接さらされる、いわば「むき出しの神経」です。

有機溶剤は脂に溶けやすく、神経になじみやすい性質があります。空気中の溶剤を毎日吸い込めば、まっさきに触れるのがこの嗅覚の神経。そのため研究者らは、嗅覚は溶剤など化学物質の神経毒性をいち早く受ける「最前線の標的」になりうると指摘しています。鼻のにぶりは、体からの早い警告サインなのかもしれません。

何がわかったのか

研究では、においを正しく嗅ぎ分けられるかを測る標準テスト(UPSIT=においの識別テスト)を使いました。主な結果は次のとおりです。

  • 工場の溶剤の曝露は、安全基準(許容濃度)の2〜40%という低めのレベルだった
  • それでも非喫煙者では、曝露が多いほど嗅覚が低下(用量依存の関係)
  • とくに高曝露の非喫煙者は、同年代の下位5%未満という低い成績だった

つまり、「安全とされる基準を下回っていても、鼻はダメージを受けうる」ということ。溶剤による神経への影響は、これまで考えられていたより低い濃度から始まっている可能性がある、と研究は示唆しています。

「タバコを吸う人」では見えにくい、という不思議

おもしろいのは、この用量依存の低下が非喫煙者でははっきり見えたのに、喫煙者では見えにくかったという点です。

これは「タバコが鼻を守る」という話では、もちろんありません。喫煙そのものが嗅覚を下げてしまうため、もともと鼻がにぶっている喫煙者では、「溶剤による低下」が背景に埋もれて見えにくくなった、と考えられます。喫煙という別の要因が、溶剤の影響を覆い隠してしまったわけです。

どうやって調べたのか

対象は、塗料製造の2つの工場で働く187人。標準化された嗅覚テスト(UPSIT)で、においを嗅ぎ分ける力を数値で評価しました。さらに、過去13〜15年ぶんの作業環境測定(空気中の溶剤濃度)のデータと突き合わせ、曝露レベルと嗅覚の関係を、喫煙の有無で分けて分析しています。

ただし、冷静に受け止めたい

この研究は横断研究であり、「溶剤が嗅覚を奪う」という因果関係を証明したものではありません。一時点の比較なので、生活習慣など他の要因の影響も残ります。

それでも、低い濃度でも嗅覚の低下がみられたこと、そして嗅覚という「むき出しの神経」が早い段階で影響を受けうることは、現場で働く人にとって見逃せないポイントです。しっかりした換気と適切な保護具(防毒マスクなど)で、吸い込む量をできるだけ減らすこと。そして「におい、最近わかりにくいかも」と感じたら、それを体からのサインとして受け止めることが大切です。


*出典:Schwartz et al, "Solvent-associated decrements in olfactory function in paint manufacturing workers." American Journal of Industrial Medicine, 1990.*

*本記事は研究の紹介であり、医療アドバイスではありません。健康上の判断は専門家にご相談ください。*

SOURCE / 出典・論文情報
Schwartz et al, Am J Ind Med 1990 / DOI: 10.1002/ajim.4700180608
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