シンナーを扱う人、色の見え方が変わる?
塗料工場の作業員を調べると、高濃度で有機溶剤を扱う人の80%に色を見分ける力の低下(とくに青と黄)がみられた。多くは自覚がなく、安全基準値以下でも報告されている。
気づかないうちに、世界の色がにぶる
塗料やインク、接着剤、洗浄剤――シンナーをはじめとする有機溶剤は、ものづくりの現場で毎日のように使われています。あの独特のにおいを「仕事のにおい」として受け入れている人も多いでしょう。
ところが、そんな現場で働く人たちを調べると、有機溶剤を高い濃度で扱う人ほど、色を見分ける力が落ちているという報告があります。しかも、本人はほとんど気づいていません。世界の色がほんの少しずつにぶっていく――そんな静かな変化が、知らないうちに進んでいるのかもしれません。
なぜ溶剤で「色」がやられるのか
私たちが色を感じられるのは、目の奥にある網膜の「錐体(すいたい)」という細胞と、そこから脳へ信号を運ぶ視神経のおかげです。
有機溶剤は脂に溶けやすく、神経の膜になじみやすい性質を持っています。そのため、網膜の色を感じる細胞のはたらきや、神経の信号のやりとりに影響を与えるのではないか、と考えられています。視神経そのものへの作用を指摘する説もあります。はっきりした仕組みはまだ解明されていませんが、溶剤が「色を感じる仕組み」に干渉しうる、という点は複数の研究で一致しています。
特徴的なのは、最初にやられるのが青と黄色の見分けだということ。赤と緑の色覚異常(いわゆる色弱)は生まれつきのものが多いのに対し、溶剤などで後から起こる色覚低下は、まず青-黄の識別から崩れていく傾向があります。
何がわかったのか
塗料工場の作業員を対象にした研究では、簡易検査(ランソニーD-15d)と精密検査(FM-100ヒュー)を使って色覚を評価しました。主な結果は次のとおりです。
- 高い濃度で扱う人:80%に色覚低下
- 中等度の人:30.8%に色覚低下
- いずれも青-黄の識別低下が中心
- 簡易検査と精密検査の結果はよく一致(相関係数0.87)
濃度が高い人ほど色覚の低下が多く、曝露レベルと関連していました。さらに別のレビューでは、現行の安全基準値より低い曝露でも色覚低下が報告されており、多くの場合は自覚されないまま進む(無症状)とされています。色の見分けは、化学物質の神経毒性をいち早くとらえる「敏感なセンサー」になりうる、というわけです。
どうやって調べたのか
この研究は、塗料製造の現場で働く作業員を対象にした横断研究(ある一時点で集団を調べる方法)です。曝露の程度で「高い」「中等度」のグループに分け、色覚検査の成績を比較しました。
ポイントは、検査に後天性の色覚低下を見つけやすい方法を使ったこと。ランソニーD-15dは15枚の色のついたキャップを並べる簡単なテストで、現場でも短時間で実施でき、結果を数値化できます。精密なFM-100ヒューと結果がよく一致したことから、現場のスクリーニングに使えることも示されました。
ただし、冷静に受け止めたい
ここは大切なポイントです。この研究は少人数の横断研究であり、「溶剤が色覚を奪う」という因果関係を証明したものではありません。
一時点の比較なので、もともとの個人差や加齢の影響を完全には取り除けません。色覚低下がもとに戻るのか(可逆性)についても、議論が続いています。とはいえ、複数の溶剤(スチレン、トルエン、n-ヘキサン、二硫化炭素など)で同じような色覚低下が繰り返し報告されていること、そして基準値以下でも起こりうることは、軽く見てよい話ではありません。
現場で有機溶剤を扱う人にできることは、しっかりした換気、適切な保護具(防毒マスクなど)、そして定期的な色覚チェックです。自覚がないまま進むからこそ、「気づいたときに調べる」のではなく、「ふだんから守る・見ておく」ことが大切になります。
*出典:Mergler & Blain, "Assessing color vision loss among solvent-exposed workers." American Journal of Industrial Medicine, 1987.(補足:Gobba & Cavalleri, Neurotoxicology 2003 のレビュー)*
*本記事は研究の紹介であり、医療アドバイスではありません。健康上の判断は専門家にご相談ください。*