1日3回以上歯を磨く人は、心不全リスクが12%低かった
韓国16万人を10.5年追跡。1日3回以上歯を磨く人は心不全リスクが約12%低かった。口と心臓をつなぐ意外な研究を、冷静に読み解きます。
口と心臓の、意外な関係
「歯みがきは虫歯予防のため」――多くの人がそう思っているはずです。ところが近年、口の中の状態と、心臓の病気とのつながりを示すデータが少しずつ集まってきました。
韓国で行われた大規模な追跡研究では、歯をこまめに磨く人ほど、心不全や心房細動(不整脈の一種)になりにくい、という傾向が見えてきたのです。口と心臓。一見すると遠く離れた場所が、体の中で意外な糸でつながっているのかもしれません。今日は、この少し不思議な研究を一緒にのぞいてみましょう。
なぜ歯みがきが心臓に?
そもそも、なぜ口のケアが心臓に関係するのでしょうか。研究者が注目したのは「炎症」です。
歯みがきが行き届かないと、歯ぐきに細菌がたまり、歯周病が進みます。すると歯ぐきの傷ついた場所から、細菌が一時的に血液の中へ入り込むことがあります。これが続くと、体のあちこちで弱い炎症がくすぶり続ける――そんな状態が生まれると考えられています。
そしてこの慢性的な炎症こそ、心房細動や心不全を引き起こす一因になるのではないか、というのが今回の研究の出発点です。つまり「口をきれいに保つ→炎症を抑える→心臓を守る」という道筋を、研究者は想定したわけです。
何がわかったか
研究では、口のケアの習慣と、その後の心臓の病気との関係を調べました。主な結果は次のとおりです。
- 1日に3回以上歯を磨く人は、心不全のリスクが約12%低かった(ハザード比0.88)。
- 同じく心房細動のリスクも約10%低かった(ハザード比0.90)。
- 歯科で専門的なクリーニングを受けている人も、心不全リスクが低い傾向(ハザード比0.93)。
- 一方で、欠損歯(失った歯)が22本以上の人は、心不全リスクが約32%高かった(ハザード比1.32)。
歯をよく磨く人ほどリスクが低く、歯を多く失った人ほどリスクが高い。口の健康状態が、きれいなグラデーションのように心臓の病気と対応していたのが印象的です。
どう調べたか
この研究の心強いところは、その規模です。韓国の国民健康保険のデータを使い、対象は16万1286人にのぼります。
参加者はいずれも、研究開始時点では心房細動・心不全・心臓の弁の病気を持っていませんでした。そのうえで、歯周病の有無、1日の歯みがき回数、歯科の受診、専門的クリーニング、失った歯の本数といった「口の健康指標」を調べ、中央値で10.5年という長い期間、その後の経過を追いかけました。
その間に心房細動が4911人(3.0%)、心不全が7971人(4.9%)に起きています。分析では、年齢・性別・喫煙・飲酒・運動習慣・肥満・高血圧・糖尿病など、結果に影響しそうな要素をできるだけ統計的に調整したうえで、歯みがき回数との関係を見ています。
ただし、冷静に
ここで一度、立ち止まりましょう。これは「観察研究」と呼ばれるタイプの研究です。たくさんの人を追いかけて関連を調べたものであり、「歯みがきを増やせば心臓病が減る」という因果関係を証明したわけではありません。
たとえば、歯を1日3回磨くような人は、もともと健康への意識が高く、食事に気を配り、定期的に運動し、たばこも控えている――そういう傾向があるかもしれません。だとすれば、心臓を守っているのは歯みがきそのものではなく、その背後にある生活習慣全体だった可能性も残ります。こうした「交絡」を完全には取り除けないのが、観察研究の限界です。
数字は確かに魅力的ですが、「歯を磨けば心臓病が防げる」と早合点はせず、ひとつのヒントとして受け止めるのが賢明です。
それでも、今日からできるのは
とはいえ、この研究が示す方向性は、特別なことを求めていません。
歯をていねいに磨く。定期的に歯科でクリーニングを受ける。失った歯を放置しない。これらはどれも、心臓への効果がどうであれ、口の健康そのものにとって大切な習慣ばかりです。やって損になることは、まずありません。
「面倒な歯みがきが、もしかしたら心臓も守っているかもしれない」。そう思えば、洗面台に立つ数分が、少しだけ前向きな時間に変わるのではないでしょうか。今夜の一本から、ていねいに。
出典: Chang Y, Woo HG, Park J, Lee JS, Song TJ. Improved oral hygiene care is associated with decreased risk of occurrence for atrial fibrillation and heart failure: A nationwide population-based cohort study. *European Journal of Preventive Cardiology*. 2020;27(17):1835-1845. DOI: 10.1177/2047487319886018(PubMedより取得)
※本記事は学術研究の紹介であり、医療助言ではありません。気になる症状や持病のある方は、医師・歯科医師にご相談ください。