2か国語を話す人は、認知症の発症が平均4.5年遅かった
2言語以上を話す人は認知症の発症が平均4.5年遅かった。インドの患者648人の解析。教育とは独立で、読み書きできない人でも同じ傾向。
「もう一つの言語を覚えたところで、いまさら何の役に立つの?」——そう思ったことはないだろうか。ところが、ふだん2つ以上の言葉を行き来している人ほど、認知症の発症が遅い、という研究がある。しかも、その差は小さくない。インドで認知症と診断された患者を調べたところ、2言語以上を話す人は、1言語だけの人より発症が平均4.5年遅かった。年齢にして4年半。これは薬で簡単に稼げる差ではない。
なぜ2つの言語が脳に効くのか
そのカギとされるのが「認知予備能(にんちよびのう)」という考え方だ。脳は加齢や病気で少しずつ傷んでいくが、その傷みを別の経路で“迂回”できるだけの余力——つまり予備能——があると、症状が表に出るまでの時間を稼げる。教育や知的な趣味、社会的なつながりがこの予備能を厚くすると言われてきた。
では、なぜ言語なのか。2つの言語を使う人は、しゃべるたびに「いま、どちらの言葉を使うか」を無意識に選び、使わないほうを抑え込んでいる。この“切り替えと抑制”は、脳の注意や実行機能(段取りをつける力)を一日じゅう鍛えるトレーニングに近い。日常会話そのものが、脳の筋トレになっているというわけだ。
何がわかったか
論文の数字を整理すると、次のようになる。
- 2言語以上を話す人は、1言語だけの人より認知症の発症が平均4.5年遅かった
- この差は、アルツハイマー型・前頭側頭型・血管性という異なるタイプのいずれでも見られた
- 効果は教育とは独立していた。学歴の高さでは説明しきれない
- 驚くべきことに、読み書きができない人でも同じ傾向が確認された
- ただし、3言語以上を話しても、2言語からの追加の上乗せ効果はなかった
特に重要なのが後半の2点だ。「結局それは教育レベルが高い人の話でしょう」という疑いに対し、この研究は学歴と切り離しても差が残ること、そして文字を読めない人でも恩恵があることを示した。つまり、効いているのは“学校で得た知識”ではなく、“2つの言語を使い分ける日々の脳の働かせ方”そのものだ、という解釈につながる。
どう調べたか
調べたのは、インド・ハイデラバードの専門外来で認知症と診断された患者648人のカルテだ。このうち391人がバイリンガルだった。研究チームは、最初の症状が出た年齢を、1言語の人と2言語以上の人で比べた。さらに、教育、職業、性別、都市か農村かといった、結果を歪めかねない要因も併せて分析している。多言語が当たり前の社会で、しかも複数の認知症タイプにまたがって差を示した点で、この規模の研究は当時として最大級のものだった。
ただし、冷静に
ここで踏みとどまっておきたい。これは過去のカルテをさかのぼって解析した「後ろ向き研究」だ。バイリンガルの人と単一言語の人とでは、暮らしぶりや生活習慣、受けてきた刺激そのものが違っていた可能性がある。教育や移民の状況は分析で調整されているが、表に出ない交絡(別の隠れた要因)まで完全に取り除けたわけではない。
だから「言語を学べば認知症が4.5年遠ざかる」と因果として言い切ることはできない。あくまで「2言語以上を使う人たちには、発症が遅いという関連が見られた」という段階の話だ。今日から外国語を始めれば必ず効く、と約束する研究ではない。
それでも面白いのは
それでも、この結果が魅力的なのは、特別な薬も道具もいらないところだ。脳に効くとされたのは、高価な教育でも、生まれつきの才能でもなく、「2つの言葉を行き来する」というありふれた日常だった。読み書きができなくても効果が見えたという事実は、これが“学力”ではなく“使い方”の話であることを示唆している。
第二の言語、方言、手話、子どもの頃に聞いた家族の言葉——脳を切り替えさせる入り口は、思いのほか身近にあるのかもしれない。完璧に話せなくてもいい。日々、二つの世界を行き来する小さな習慣に、私たちが思う以上の意味がある可能性を、この研究はそっと示している。
出典: Alladi S, et al. *Bilingualism delays age at onset of dementia, independent of education and immigration status.* Neurology. 2013;81(22):1938-44. DOI: 10.1212/01.wnl.0000436620.33155.a4(PubMed より取得)
※この記事は研究の紹介であり、医療助言ではありません。