【W杯】PK戦で敗れた翌日、心筋梗塞の入院が25%増えた?
1998年W杯でイングランドがPK戦敗退した日と翌2日、心筋梗塞の入院が約25%増えた。英国の入院統計が映した「感情の動揺と心臓」の関係をやさしく解説。
サッカーの大一番をテレビの前で見守る——あの胃が締めつけられるような感覚は、本当に「心臓に悪い」のかもしれません。
1998年のサッカーW杯フランス大会。イングランド代表は決勝トーナメント1回戦でアルゼンチンと激突し、120分でも決着がつかずPK戦へ。そして敗れました。後に英国の医師らが、この日とその前後の入院記録を調べたところ、ある異変が浮かび上がります。PK戦敗退の日と翌2日、心筋梗塞による入院が約25%増えていたのです。今日は『BMJ』に載ったこの調査を、やさしくたどってみます。
なぜ「敗戦」で心筋梗塞が増えうるのか
まず仕組みの話から。強い緊張や落胆といった急性のストレスを受けると、体は「闘うか逃げるか」の態勢に入ります。アドレナリンなどのストレスホルモンが一気に放出され、心拍数と血圧が上がり、血管は収縮します。同時に、血液は固まりやすい状態に傾きます。
健康な心臓ならこれくらいは受け流せます。ところが、すでに動脈硬化が進んで血管の壁に「プラーク」を抱えている人では話が変わります。急な血圧変動や血管の収縮が引き金になり、プラークが破れて血のかたまり(血栓)ができ、心臓の血管を詰まらせる——これが心筋梗塞です。つまりストレスは病気を「ゼロから作る」のではなく、もともと潜んでいたリスクの「引き金を引く」のではないか、と考えられているのです。
何がわかったか
研究チームが英国の入院統計から見つけたのは、次のような数字でした。
- PK戦で敗れた1998年6月30日とその後の2日間、急性心筋梗塞の入院リスクが約25%増加した
- この3日間で、ふだん見込まれる数より約55件多い心筋梗塞の入院があった
- 増えたのは心筋梗塞だけ。脳卒中、自傷、交通事故による入院は増えなかった
- イングランドが戦った他の試合の日には、こうした増加は見られなかった
ポイントは、「あらゆる病気が一斉に増えた」のではない、という点です。心臓だけが、しかも勝った試合や引き分けではなく、最も劇的に敗れたあの一戦にだけ強く反応していました。
どう調べたか
調べ方はシンプルです。15〜64歳を対象に、心筋梗塞・脳卒中・自傷・交通事故の入院件数を集計し、W杯期間中の各試合日とその直後を「比べる対象」としました。
比較の基準は、前後の年の同じ時期や、大会直前の月の入院数です。同じ季節・同じ曜日まわりの「ふだんの水準」を物差しにすることで、たまたまの増減と本当の異変を見分けようとしたわけです。すると、アルゼンチン戦の前後だけが、くっきりと飛び出して見えたのです。
ただし、冷静に
ここで一歩立ち止まります。この調査は、すでに記録された入院統計を後から分析した「観察研究」です。観察研究は「同時に起きた」ことは示せても、「Aが原因でBが起きた」と断定する力は持ちません。
実際、論文の著者ら自身が慎重です。PK敗退が心筋梗塞を直接引き起こしたと証明したわけではありません。試合に合わせて生活リズムや飲酒・喫煙・食事が変わった可能性など、入院数を動かしうる別の要因も完全には否定しきれません。あくまで「感情の動揺が、心筋梗塞の引き金になりうる」という示唆にとどまります。数字の大きさより、その意味の限界を正しく受け止めることが大切です。
それでも、この調査が示すもの
それでも、心臓だけが、最も悔しい一戦にだけ反応したという事実は印象的です。心と体はつながっている——感情の大きな揺れが、心臓のような臓器に影響しうるという可能性を、この研究は私たちに示しています。
だからといって、好きなチームの応援をやめる必要はありません。むしろ大切なのは、すでに心臓に不安のある人ほど、大一番では深呼吸をして、無理に力まないこと。観戦は楽しむためのものです。胸の痛みや締めつけ、冷や汗を感じたら、勝敗にかかわらずためらわず受診してください。
出典:Carroll D, Ebrahim S, Tilling K, Macleod J, Davey Smith G. Admissions for myocardial infarction and World Cup football: database survey. *BMJ*. 2002;325(7378):1439-42. https://doi.org/10.1136/bmj.325.7378.1439
※この記事は研究の紹介であり、医療助言ではありません。気になる症状がある場合は医療機関にご相談ください。