【W杯】元サッカー選手の脳に、ボクサーと同じCTE損傷?
認知症で亡くなった元プロサッカー選手を解剖したら、6人中4人にボクサーで有名なCTEが。ヘディングと脳の関係を冷静に読む。
ワールドカップが近づくと、世界中がボールを追う歓声に包まれます。けれどその華やかさの裏で、長く論争が続いてきたテーマがあります。「ヘディングを何千回も繰り返して、脳は本当に無事なのか」。今回紹介する研究は、認知症になった元プロサッカー選手の脳を実際に調べ、ボクサーで知られる脳のダメージと同じ痕跡を見つけました。少数例ながら、無視できない報告です。
CTEとは何か——「効いた一発」より「効かない無数」
CTE(慢性外傷性脳症)は、頭部への衝撃が長年積み重なることで起きるとされる脳の病気です。もともとは、何度も殴られるボクサーに見られる「パンチドランカー」として知られてきました。
ポイントは、脳震盪になるような大きな一発だけが原因ではない、と考えられている点です。むしろ、はっきり気を失うほどではない「軽い衝撃」が、何度も何度も加わることが問題視されています。サッカーで言えば、ヘディングや、競り合いでの頭同士・頭と肘の接触がこれにあたります。蓄積した衝撃は、脳の中に異常なタンパク質(タウ)の沈着として痕跡を残します。
何がわかったか
イギリスの研究チームが、認知症になった元サッカー選手を長期に追跡し、亡くなった一部の方の脳を解剖しました。主な結果はこうです。
- 認知症の元選手 14人 を、1980年から2010年にかけて死亡まで追跡した
- うち遺族の同意が得られた 6人 の脳を解剖した
- そのうち 4人 に、ボクサーで知られる CTE が確認された
- 解剖した 6人全員 に、繰り返す頭部衝撃を示す脳の所見(中隔の異常)があった
- 認知症の発症年齢は平均 63.6歳、発症から死亡までは平均 10年
- 選手たちは平均 26年 という長い現役生活を送っていた
- 14人中 13人 がプロ、1人が熱心なアマチュアだった
つまり、ヘディングを浴び続けた選手の脳に、ボクサーと共通の損傷が高い割合で見つかった、ということです。
どう調べたか——「解剖」という確かさと限界
この研究の強みは、生きているうちの症状の記録だけでなく、亡くなった後に脳そのものを顕微鏡で調べた点にあります。CTEは現在のところ、生前の検査では確定できず、解剖によってしか正確に診断できません。だからこそ「脳を直接見た」という事実には重みがあります。
一方で、興味深いのは併存する別の病気の多さです。解剖した6人には、アルツハイマー病(6人)やTDP-43という別のタンパク質異常(6人)、脳の血管に物質がたまる病変(5人)なども重なっていました。CTE単独というより、複数の病変が混ざり合って認知症を形づくっていた、と研究者は述べています。
ただし、冷静に
ここで立ち止まる必要があります。これは 6人 という、ごく少数の症例を詳しく調べた研究です。「サッカーがCTEを引き起こす」と証明したものではありません。
そもそも調べたのは「認知症になった元選手」だけで、健康なまま年を重ねた多くの元選手は含まれていません。元選手全体のうちどれくらいの割合に起きるのか、ふつうの人と比べて本当に多いのかは、この研究だけでは言えません。著者自身も論文の中で「この症例集積だけでは決定的な因果関係は示せない」とはっきり認めています。
サッカーを「危険なスポーツ」と決めつけ、悪者にするのは早計です。運動がもたらす心身の恩恵は大きく、世界で最も愛されるスポーツであることにも理由があります。大切なのは、過度に怖がることでも、目をそらすことでもありません。
それでも、この研究が示すこと
少数例とはいえ、世界一人気のあるスポーツとCTEのつながりが示唆された意味は小さくありません。著者らが求めているのは「サッカー禁止」ではなく、より大規模な比較研究で「どんな選手がリスクを抱えやすいか」を見極めることです。
実際、その後の議論を受けて、育成年代でのヘディング制限など、予防的なルールづくりが各国で進んでいます。リスクを正しく測り、楽しさを守りながら脳を守る——この研究は、その出発点を示す一本だと言えます。W杯のヘディングシュートに沸きながら、その裏側にある問いも、私たちは少しだけ覚えておきたいところです。
出典:Ling H, Morris HR, Neal JW, et al. Mixed pathologies including chronic traumatic encephalopathy account for dementia in retired association football (soccer) players. Acta Neuropathol. 2017;133(3):337-352. DOI(PubMedより取得)
※この記事は研究内容の紹介であり、医療助言ではありません。