2026年6月17日 (水)
医学トリビア研究所Medical Trivia Lab
← 一覧へ戻る
スポーツ医学

【W杯】断食しながらW杯は戦える?チュニジアの相手にちなんで

W杯の相手チュニジアはラマダン(断食)の国。日中の飲食を断ちながらトップで戦えるのか。22本の研究をまとめた系統的レビューが示した「時間帯と強度」の意外な答え。

【W杯】断食しながらW杯は戦える?チュニジアの相手にちなんで

断食明けを待つ国と戦う

W杯でぶつかる相手の一つ、チュニジア。北アフリカに位置するこの国は、人口の大半がイスラム教を信仰する「ラマダン(断食月)」の国です。ラマダンの期間中、信仰者は日の出から日没まで、水も食事も口にしません。

ここで素朴な疑問が浮かびます。日中ずっと飲まず食わずで、世界トップレベルのサッカーは本当に戦えるのか――。しかもW杯やリーグ戦の日程は、今後10年ほどラマダンと重なる年が増えていきます。これは選手にとっても監督にとっても、無視できない現実の課題です。

そこで頼りになるのが、断食とサッカーの関係を真正面から調べた研究の「まとめ」です。

なぜ断食でパフォーマンスが落ちるのか

そもそも、なぜ断食が運動に影響するのでしょうか。理由は大きく二つあります。

一つは脱水。日中に水分を取れないため、汗をかくほど体内の水分が減り、血液が濃くなって体温調節や心臓の負担に響きます。もう一つはエネルギー切れ。糖質やエネルギーの補給が断たれると、長く動き続ける持久系の運動や、何度も全力を出す高強度の運動でガス欠を起こしやすくなります。

逆に言えば、一瞬で終わる動き――ジャンプ一回、数秒のダッシュ一本――は、たくわえた分でまかなえるため影響を受けにくい、と予想できます。実際の研究も、まさにこの「予想どおり」の結果を示しました。

何がわかったか

レビューが拾い上げた主な発見はこうです。

  • ジャンプや短距離スプリントといった短時間の最大パフォーマンスは、練習量さえ保てればほぼ低下しなかった。
  • 一方で、夕方(断食明け直前)に行う高強度・持久系の運動は有意に低下した。一日の終わりは、脱水もエネルギー切れも最も進んでいる時間帯だからです。
  • 主観的なきつさ(自覚的運動強度)や睡眠にも変化がみられ、コンディション全体に影響していた。

つまり「断食=全部ダメ」ではなく、落ちるのは時間帯と強度しだいということ。同じ選手でも、午前と夕方ではまるで条件が違うわけです。

どう調べたか

この結論は、一本の実験ではなく、世界中の研究を体系的に集めて検証した「系統的レビュー」によるものです。研究チームはPRISMAという国際的な手順に沿い、複数のデータベースから11,226本もの候補論文を洗い出しました。

そこから、サッカー選手を対象にラマダン前後のパフォーマンスやケガのデータがそろった研究だけを厳選し、最終的に22本を分析対象としました。よく測られていた指標は、自覚的運動強度(8本)、スプリント(7本)、睡眠(7本)、最大心拍数(6本)、ジャンプ(5本)など。多くの研究が「ラマダン前・中・後」を比較していました。

ちなみに、この研究チームにはチュニジアの大学・病院に所属する研究者(スファックスやスースなど)が複数名います。断食と運動の問いに、当事国の研究者が深く関わっているわけです。

ただし、冷静に

数字は説得力がありますが、注意も必要です。これは新しい実験ではなく、すでにある観察的な研究を集めて整理したレビューです。集められた22本の研究は、対象人数も測り方も質もバラバラ。条件のそろった大規模な実験はまだ少なく、「試合そのもの」での影響を調べた研究も不足している、と著者自身が指摘しています。

また影響の出方は時間帯と強度に強く左右されるため、「断食すれば必ずこれだけ落ちる」と一律には言えません。練習量の維持や、試合・トレーニングの時間帯の調整しだいで、影響はかなり和らげられる可能性があります。

それでも、戦える

総じて言えるのは、ラマダン中の断食はパフォーマンスに一定の影響を与えるものの、それは「いつ・どれくらいの強度で動くか」に大きく左右される、ということです。短時間の爆発的な動きは保たれやすく、対策しだいで持久系の落ち込みもカバーできます。

だからチュニジアの選手たちは、信仰を守りながらでも、ピッチで世界と渡り合えるのです。断食は弱点ではなく、整え方を知っていれば乗り越えられる条件の一つ――そう考えると、W杯での彼らの戦いぶりが、また少し違って見えてくるかもしれません。

出典: DeLang et al, Sports Med 2021(DOI)/PubMedより取得※医療助言ではありません。

SOURCE / 出典・論文情報
DeLang et al, Sports Med 2021 / DOI: 10.1007/s40279-021-01586-8
この話を60秒の動画で見る