パラシュート無しで飛び降りても、死傷者は0%だった
パラシュート無しで飛び降りても死傷者0%だった——本物の医学誌に載った世界一有名なジョーク論文。笑いの裏に「RCTが無い=効果が無い、ではない」という鋭い教訓が隠れています。
「パラシュートを背負って飛行機から飛び降りる人」と「空っぽのリュックを背負って飛び降りる人」を、くじ引きで分けて比べてみたら——。
なんとも物騒な出だしですが、これは正真正銘、英国の名門医学誌『BMJ』に載った本物の論文です。タイトルは「航空機から飛び降りるときの死亡・重傷を防ぐためのパラシュート使用:無作為化比較試験」。毎年クリスマス号でユーモアあふれる研究を載せるBMJの中でも、ひときわ語り継がれる伝説のジョーク論文です。今日はこの論文を、最後の「オチ」までじっくり楽しんでみましょう。
なぜ、こんな研究を?
現代医療では「無作為化比較試験(RCT)」が証拠の王様とされています。患者をくじ引きで2グループに分け、片方に治療、片方に偽の治療をして比べる——これが効果を確かめる一番厳密な方法だからです。
ところが研究者たちは、こんな風潮にちょっとした皮肉を込めました。「では、パラシュートはどうだ?」と。誰もが効くと信じきっているパラシュートですら、実は厳密なRCTで効果が証明されたことは一度もありません。「RCTが無いなら効果も認めない」という極端な主張を、研究者は本気で(?)検証してみせたのです。
何がわかったか
結果はこうでした。
- 飛行機の乗客 92人 に声をかけ、そのうち同意した 23人 を「パラシュート」と「空のリュック」のグループに無作為に割り付けた
- 着地後すぐに死亡または重傷(重症度スコア15超)を調べたところ、パラシュート群 0%、空のリュック群 0%
- 統計的な差は まったく無し(P>0.9)
つまり「パラシュートは死亡や重傷を減らさなかった」。空のリュックでも全員ピンピンしていたのです。
……さて、ここでオチです。なぜ空のリュックで飛び降りても無事だったのか。それは——飛行機が 地上に停止 していたから。飛んだ高さはわずか 0.6m(机くらいの高さ)、速度は 時速0km だったのです。
どう調べたか
参加した23人と、声をかけたけれど参加しなかった人たちを比べると、両者の「飛行機」はまるで別物でした。参加者の機体は平均高度 0.6m・速度 0km/h。一方で参加を断った人たちが乗っていたのは平均高度 9146m・速度 時速800km の、ごく普通の飛行中の旅客機でした。
考えてみれば当然です。本物の上空を飛ぶ飛行機で「あなた、空のリュックで飛び降りる係になるかもしれませんよ」と言われて、ハイと頷く人はいません。「飛び降りても平気そうな状況」の人だけが研究に参加した——だから誰も怪我をしなかったのです。
ただし、冷静に
念のため。これはクリスマス号のジョーク論文です。本物の上空からパラシュート無しで飛び降りてよい、という話では断じてありません。著者自身も「高高度のジャンプへの一般化は慎重に」と、まじめな顔でクギを刺しています。
教訓はこうです。試験の「結論」だけを切り取ると、とんでもない誤解が生まれます。大事なのは「誰を対象に、どんな条件で調べたのか」。同じ「パラシュートは効かなかった」でも、地上停止の機体と上空の機体とでは、まるで意味が違うのですから。
それでも、この論文が示すもの
この愉快な研究が伝えたかった本当のメッセージは、ふたつあります。
ひとつは「RCTが無い=効果が無い、ではない」ということ。パラシュートのように効果が明らかなものは、わざわざ厳密な試験をするまでもありません。証拠の有無と、効果の有無は別の話なのです。
もうひとつは「参加した人がどんな人か」を見抜く目の大切さ。効くと信じられている治療のRCTには、「自分は効かなくても平気そう」と感じた人ばかりが集まりがちで、結果が現実とズレてしまう——著者はこの落とし穴を、パラシュートという極端な例で鮮やかに描いてみせました。
ニュースで「○○は効果が無かった」と聞いたとき。ぜひ思い出してください。その研究、もしかしたら「地上0.6mで飛び降りた人たち」を調べただけかもしれない、と。笑いながら学べる科学リテラシー、それがこの伝説の論文の贈り物です。
出典:Yeh RW, et al. Parachute use to prevent death and major trauma when jumping from aircraft: randomized controlled trial. BMJ. 2018;363:k5094.(PubMedより取得 / DOI)
※この記事は科学的な読み物であり、医療助言ではありません。