2026年6月17日 (水)
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スポーツ医学

マラソン後に増える腸内細菌、マウスに与えると走行時間が13%のびた

ボストンマラソン完走者でVeillonellaが増加。走者から分離した菌をマウスに与えると走行時間が平均13%のびた。乳酸→プロピオン酸の代謝が背景にある。

マラソン後に増える腸内細菌、マウスに与えると走行時間が13%のびた
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ボストンマラソン完走者でVeillonellaが増加。走者から分離した菌をマウスに与えると走行時間が平均13%のびた。乳酸→プロピオン酸の代謝が背景にある。

走り終わったランナーの腸の中で、ある菌がひそかに増えていた——。そんな観察から始まった研究が、思わぬ展開を見せました。完走者の便から取り出した菌をマウスに与えたところ、走り続けられる時間が平均13%ものびたというのです。鍵を握っていたのは、運動でたまる「疲労物質」を逆に味方につける、腸内細菌のしたたかな代謝でした。

なぜ腸内細菌が「運動」に関わるのか

激しい運動をすると、筋肉では糖がエネルギーに使われ、その過程で乳酸という物質がどんどん作られます。乳酸は「疲労のもと」として悪者扱いされがちですが、実際には体にとって貴重なエネルギー源でもあります。

ここで注目されたのが、腸の中にすむVeillonella(ベイヨネラ)属という細菌です。この菌の大きな特徴は、乳酸を唯一の炭素源として利用できること。つまり、ほかの多くの細菌が糖を食べるのに対し、Veillonellaは「乳酸を食べて生きる」変わり者なのです。

そして食べた乳酸を、Veillonellaはプロピオン酸という短鎖脂肪酸に変えます。研究チームは、血液中の乳酸が腸の壁を越えて腸の内側ににじみ出てくることを確認しました。運動で増えた乳酸が腸に届き、それを菌が「ごちそう」にして増え、代わりに体に役立つプロピオン酸を返す——そんな循環が見えてきたのです。

何がわかったか

研究で示された主な数字は次の通りです。

  • ボストンマラソンの走者15人を追跡し、完走後にVeillonellaの存在比率が増加していた
  • 走者の便から分離したVeillonella atypicaという菌をマウスに与えると、トレッドミルでの走行時間が対照菌より平均13%長くなった(p=0.02)
  • エリート選手の腸内では、乳酸をプロピオン酸に変える経路のすべての遺伝子が、運動後に存在比率が高まっていた
  • プロピオン酸そのものをマウスの腸に直接入れるだけでも、菌を与えたときと同じように走行時間がのびた

最後の点が特に重要です。菌そのものではなく、菌が作り出すプロピオン酸こそが、持久力アップの正体だと裏づけられたわけです。

どう調べたか(人 → マウス)

研究は「人の観察」と「マウスでの検証」を組み合わせた、二段構えの設計でした。

まず人については、ボストンマラソンの完走者やエリート選手の便を集め、菌の種類や遺伝子を網羅的に解析しました(メタオミクス解析)。これにより「運動後にVeillonellaと関連遺伝子が増える」という相関が浮かび上がります。

しかし相関だけでは「だから走力が上がる」とは言えません。そこで走者から取り出した本物の菌をマウスに飲ませ、走行時間を実測。さらに放射性ラベルをつけた乳酸を使って、乳酸が本当に腸へ移動することや、プロピオン酸だけで効果が再現できることまで確かめました。観察で見つけた仮説を、動物実験で一つずつ検証していった流れです。

ただし、冷静に

ここで踏みとどまっておきたいのは、走行時間がのびる効果を実際に示したのは主にマウスだという点です。

人間で確認できたのは、あくまで「完走後にVeillonellaが増えている」という観察にとどまります。その菌を与えたら人の記録が伸びるのか、サプリのように摂れば誰でも速くなるのか——そうした走力向上はヒトでは証明されていません。マウスで効いたものが人で同じように効くとは限りませんし、対象となった人数も多くはありません。「この菌を飲めばマラソンが速くなる」と受け取るのは、まだ早すぎます。

それでも面白いのは

それでもこの研究がわくわくするのは、「疲労物質」とされてきた乳酸を、腸内細菌が持久力の燃料に変えているかもしれない、という発想の転換にあります。

私たちの体は、自分の細胞だけで完結しているわけではありません。腸にすむ無数の菌たちが、運動という負荷に合わせて顔ぶれや働きを変え、こっそり後押ししている可能性がある——。鍛えているのは筋肉や心肺だけでなく、もしかしたら「腸の中の住人」もなのかもしれません。アスリートの強さの一部が、目に見えない菌に支えられているとしたら、なんとも痛快な話ではないでしょうか。


出典: Scheiman J, et al. *Nature Medicine* 2019. DOI: 10.1038/s41591-019-0485-4(According to PubMed)

※この記事は研究紹介であり、医療助言ではありません。

SOURCE / 出典・論文情報
Scheiman et al, Nature Medicine 2019 / DOI: 10.1038/s41591-019-0485-4
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