【W杯】ヘディングは本当に脳に悪い?前向き研究では否定的だった
サッカーのヘディングは脳に悪いのか。後ろ向き研究と前向き研究で結論が割れる問題を、2011年の総説をもとに整理。前向きの対照研究はヘディングと認知障害の関連を支持しなかった。
サッカーは、世界で約2.65億人がプレーするといわれる巨大な競技です。そしてサッカーは、ボールを操り、前へ運ぶために「わざと頭を使う」唯一のコンタクトスポーツでもあります。だからこそ、長く議論が続いてきました。「ヘディングは脳に悪いのか?」と。一方では、繰り返す頭部への衝撃が将来の認知機能を蝕むのではないかという不安があり、もう一方では、何百万人もが何十年も続けてきたありふれた動作にすぎないという見方があります。賛否は、いまも真っ二つです。
実はこの論争、何を根拠にするかで結論がきれいに割れてしまうところに難しさがあります。研究にはおおまかに二つの型があります。ひとつは「後ろ向き研究」。すでに認知機能が低下している、あるいは長くプレーしてきた選手を集めて、過去をさかのぼって原因を探る方法です。もうひとつが「前向き研究」。先に対象者を決めてから時間を追って観察し、できれば比較対象(対照群)も置いて差を見る方法です。後ろ向きは「思い出し」や対象の偏りに弱く、前向きのほうが因果関係の検証には強いとされます。同じテーマでも、どちらのレンズで見るかで答えが変わってしまうのです。
何がわかったのか。2011年に発表されたこの総説は、当時の研究を整理して次のように述べています。
- 初期の後ろ向き研究では、意図的なヘディングが長期的な認知機能の低下に寄与している可能性が示唆されていた。
- ところが、より検証力の高い前向きの対照研究は、これを支持しなかった。むしろ、意図的なヘディングは認知障害の危険因子ではない可能性を示した。
- ヘッドギア(保護具)は、ボール衝突による衝撃を軽減する効果は示されていない。ボール以外の頭部への衝突(頭同士、肘など)の力を和らげるのには役立つかもしれない。
- ただし保護具の普及が、かえってヘディングや競り合いを過激にし、結果として負傷リスクを高める懸念も指摘されている。
つまり「衝撃の総量を心配する後ろ向きの絵」と、「時間を追って見ると差が出ない前向きの絵」とがぶつかり合っている、というのが当時の見取り図でした。
どう調べたものなのか、という点も大事です。これはひとつの新しい実験ではなく、複数の研究を見渡してまとめた「総説(レビュー)」です。著者は、頭部外傷・ヘディング・ヘッドギアという三つの論点について、後ろ向きと前向きの研究をそれぞれ並べ、どちらの証拠がどれだけ強いかを比較しています。新たに人を測定したのではなく、すでにある証拠の重みづけを示した、いわば地図のような論文だと考えると分かりやすいでしょう。
ただし、ここは冷静に受け止める必要があります。これは2011年の総説であり、その後もこの分野では賛否の両側から新しい研究が次々に出ています。脳震とうや慢性外傷性脳症(CTE)への関心が高まり、ヘディングと脳の関係をめぐる議論は決着していません。「前向き研究で否定的だった」というのは、あくまでこの総説がまとめた時点での評価であって、永久の結論ではありません。また、急性の頭部外傷(脳震とうそのもの)はサッカーで現実に起こりうるリスクであり、「ヘディングは安全」という話とは別問題です。総説という性質上、個々の研究の質のばらつきも残っています。
それでも、どう考えればよいでしょうか。少なくとも「ヘディング=確実に脳を壊す」と断じるほどの証拠は、2011年時点では出そろっていなかった、というのが落としどころです。だからこそ近年は、リスクをゼロにするのではなく賢く減らす方向に進んでいます。たとえば一部の国では、年少の子どもの練習でヘディングを制限する取り組みが始まっています。大人にとっても、正しいフォーム、首まわりの筋力、そして何より頭をぶつけたあとに無理をしない姿勢が現実的な備えになります。賛否のどちらかに飛びつくより、「いまの最良の証拠」と「まだ分かっていないこと」を分けて見る——それが、この長い論争との一番健全な付き合い方かもしれません。
出典:Niedfeldt MW. Head injuries, heading, and the use of headgear in soccer. *Curr Sports Med Rep.* 2011;10(6):324-9. DOI(情報はPubMedより取得)
※この記事は一般的な健康情報であり、医療助言ではありません。