【W杯】女子サッカー選手はヘディング後、男子より認知が落ちた?
女子トップ選手で、ヘディングありとなしの練習を比較。運動後に脳由来タンパク「タウ」が約1.4倍に増え、ヘディング群では48時間後も指標が高いまま。女子は男子より認知が落ちた、という探索的研究の話。
サッカーの華のひとつ、ヘディング。空中で競り合い、ゴールに叩き込むあの場面は見ていて気持ちがいい。けれど近年、頭を繰り返しボールにぶつけること(脳震とうに至らない「ノンコンカッシブ」な衝撃)が、長い目で見て脳に影響するのではないか、と研究者が注目しています。これまで調べられてきたのはおもに男子のプロ選手。では、女子選手ではどうなのか。今回紹介する研究は、その数少ないデータに踏み込んだものです。出典は Cente らの論文(Commun Med 2025)。
そもそも「タウ」って何?
カギになるのがタウというタンパク質です。タウはふだん脳の神経細胞のなかで、細胞の骨組みを支える「線路の枕木」のような役割をしています。ところが神経細胞が傷つくと、このタウが細胞の外へこぼれ出てきます。だからタウは、ざっくり言えば「脳に何か負担がかかったときに増える、傷のサイン」として血液中で測れる目印なのです。
さらに「リン酸化タウ(pTau)」というタイプもあります。これはタウに小さな飾り(リン酸)が付いた状態で、アルツハイマー病など神経の病気でたまりやすいことで知られています。研究者は、ふつうのタウとリン酸化タウの「比率」がどう動くかにも注目しました。ヘディングで頭に衝撃が加わると、この目印がどう変化するのか——それがこの研究の出発点です。
何がわかったのか
おもな結果を整理します。
- 練習で体を動かすだけでも、運動の1時間後に血中のタウが約1.4倍に上昇した(リン酸化タウは約1.3倍)。つまり「運動そのもの」でもタウは一時的に増える。
- ヘディングを含む練習でも、タウやリン酸化タウは1時間後に増えた(タウ約1.2倍、リン酸化タウ約1.3倍)。
- 注目は「比率」。リン酸化タウとタウの比は、ヘディングの1時間後に有意に高くなり、ヘディング群では48時間後になっても高いままだった。運動だけの群では戻っていく一方で、頭への衝撃があると指標がより長く尾を引いた、という形です。
- 認知テストでは、女子選手はヘディングのあと、注意の集中や「思考の切り替え(頭の使い方をパッと変える力)」の成績が落ちた。しかもそれは運動だけのときより悪く、男子選手と比べても低下が目立った。
「運動でもタウは増える」という点が地味に大事で、だからこそ研究者はヘディング特有の上乗せを「比率」と「時間の長さ」で見分けようとした、というわけです。
どう調べたのか
対象は16〜41歳のトップレベルの女子サッカー選手。ヘディングをしない練習(36人)と、ヘディングを含む練習(30人)を行い、それぞれ練習の前と1時間後に、心拍数などの運動量と、注意・思考の切り替えを測る神経心理テストを受けました。
血液は4つの時点——練習前、1時間後、24時間後、48時間後——で採取し、タウ・リン酸化タウのほか、遺伝子の働きを調整する小さな分子(マイクロRNA)も測定。同じ枠組みで男子選手32人のデータと比べています。ちなみにヘディング後にはマイクロRNAの解析で「神経を守る方向」の経路が活発になる傾向もみられ、体が衝撃に反応して防御を働かせている可能性が示されました。
ただし、冷静に
ここは強調しておきたいところです。これは著者自身が「探索的研究」と位置づけている、少人数の調査です。各群が数十人規模で、観察できたのも長くて48時間まで。だから「ヘディングを続けると将来こうなる」という長期の影響は、この研究だけでは何も言えません。
血中のタウが一時的に増えたことが、ただちに脳の損傷や病気を意味するわけでもありません。前述のとおり運動だけでもタウは上がるので、変化の「意味」はこれから慎重に確かめる必要があります。そして最大の問いである「なぜ女子のほうが認知の落ち込みが大きく見えたのか」——その生物学的な理由(ホルモンや首・頭部の構造の違いなど)は、今回の研究では分かっていません。今後の検証課題です。
それでも、この研究が示すもの
数字だけ取り出せば小さな変化に見えるかもしれません。けれどこの研究の価値は、「これまで男子中心だったヘディング研究に、女子のデータをきちんと並べて比べた」という点にあります。同じ衝撃に対して、男女で脳の反応が違うかもしれない——その手がかりが、注目を集めるW杯のグラウンドの足もとから見えてきた。選手を守るルールづくりや、年代別の練習方法を考えるうえで、こうした地道な計測の積み重ねが土台になっていきます。
出典: Cente M, et al. Commun Med 2025(DOI: 10.1038/s43856-025-01127-8)。
※この記事は研究の紹介であり、医療助言ではありません。