一滴も飲んでないのに酔う「自家醸造症候群」が実在する
飲んでいないのに酔っぱらう「自家醸造症候群」。腸内の酵母や細菌が糖質をアルコールに変える奇病を、症例報告17件・患者20人の系統的レビューで検証した話。
一滴も飲んでないのに、酔う
お酒を一滴も飲んでいないのに、顔が赤くなり、足元がふらつき、呼気からアルコールのにおいがする——。まるで作り話のようですが、これは実在する病気です。その名も「自家醸造症候群(auto-brewery syndrome)」。別名を腸内発酵症候群、あるいは内因性アルコール発酵症候群といいます。
体内で勝手にお酒ができてしまうため、本人にはまったく身に覚えがありません。飲酒運転を疑われたり、家族に「隠れて飲んでいる」と誤解されたりと、社会的にも法的にも深刻なトラブルを招くことがあります。今回は、この不思議な病気を世界中の報告から整理した研究を紹介します。
なぜ「飲まずに酔う」のか
カギを握るのは、私たちの腸の中にすみつく微生物です。
ふだん、酵母やある種の細菌は、糖を分解してエネルギーを得るときにアルコール(エタノール)を生み出します。パンやビール、ワインがつくられるのと同じ「発酵」という現象です。
通常の腸内では、この反応はごくわずかしか起こりません。ところが何らかのきっかけで、アルコールをつくる微生物が腸内で異常に増えてしまうと、状況が一変します。ごはんやパン、甘いものなどの糖質を食べるたびに、腸の中が小さな「醸造所」と化し、お酒を飲んだのと同じだけのアルコールが体内で生まれてしまうのです。
何がわかったか
オランダの研究チームが、世界中の医学文献からこの病気の報告を集めて整理しました。
- 集まったのは症例報告 17件、診断された患者は合計 20人 だけ
- 原因となった微生物は、カンジダ(Candida albicans など) と 酵母のサッカロミセス(Saccharomyces cerevisiae) が中心
- ほかに 肺炎桿菌(Klebsiella pneumoniae) など細菌が原因のケースも報告された
- 一部の患者は、発症の前に 抗生物質 で治療を受けていた(腸内環境の乱れが引き金になった可能性)
- 治療法としては、抗真菌薬、抗生物質、低糖質食、プロバイオティクス(整腸剤) が用いられた
- さらに、便microbiota移植(健康な人の腸内細菌を移す治療)が有効かもしれないという見方も示された
つまり「原因の微生物を抑える」「えさになる糖質を減らす」という二方向から手当てできる、ということです。
どう調べたか
この研究は、一つの新しい実験をしたわけではありません。すでに世界で報告されている事例を集めて評価し直す「系統的レビュー」という手法をとっています。
研究チームはまず計画書をあらかじめ登録し、その上で2020年9月にPubMedとEmbaseという二つの医学データベースを検索しました。集めた臨床報告を見比べ、どんな微生物が原因で、どう診断し、どう治療されたのかを丁寧に突き合わせていったのです。一件一件の事例を地道に積み上げる、地味だけれど大切な作業です。
ただし、冷静に
面白い病気ですが、受け止め方には注意が必要です。
第一に、この病気は 極めて稀 です。世界中の文献を探しても、確認できた患者はわずか 20人 にすぎません。「最近お酒が弱くなった」程度のことで疑うような病気ではありません。
第二に、今回の土台になったのは厳密な比較試験ではなく、一例ずつの症例報告です。報告された人数が少ないこと自体が、エビデンスの質の限界を意味します。「どんな人がなりやすいか」「どの治療が一番効くか」を結論づけるには、まだ情報が足りないのが正直なところです。研究チーム自身も、この病気が見逃されやすく、十分に解明されていないと認めています。
豆知識として面白いのは
この病気は「飲んでいないのに飲酒運転を疑われた」というかたちで表に出ることがあり、海外では裁判で争点になった例も知られています。自分の意思とは無関係に、体の中で勝手にお酒ができてしまうのですから、なんとも理不尽な話です。
同時にこの奇病は、私たちの体が無数の微生物との共同作業で成り立っていることを、極端なかたちで教えてくれます。腸内細菌は消化を助け、ビタミンをつくり、免疫を整える——そんな頼もしい同居人ですが、バランスが崩れると思わぬいたずらをすることもある。あなたのおなかの中にも、ささやかな「醸造所」の素はちゃんと眠っているのです。
出典: Bayoumy et al, "Gut fermentation syndrome: A systematic review of case reports." United European Gastroenterol J 2021. DOI(情報はPubMedより取得)
※この記事は研究の紹介であり、医療助言ではありません。